ワーホリにもさまざまなスタイルがあると思います。
1か所に留まって語学学校→仕事のパターン、リゾートバイトを求めて観光地へ移動するパターン
セカンドビザの為にファームワークに行くパターン、
ラウンドしながらその場その場で仕事を探すパターンなど。
わたしの場合は最初からワーホリが7か月間と決まっていたので、
最後の1か月はリュックを背負って1人でバックパッカーをした、お話。
バックパッカー、スタートの地はダーウィン
ヌーサ、メルボルンと部屋をレントしての生活をしていましたが、
遂にその生活に別れを告げ、1人でバックパッカーをスタートすることになりました。
ルートは至ってシンプル。北の地ダーウィンから中央部のアリススプリングスまで
ひたすらアウトバックをバスで南下する!というバスツアーです。
中には自身の車を運転してアウトバックを旅をするという方もいると思いますが、
とてもとても大変だと思います。
だって、オーストラリア広いんです、広すぎるんです。
ダーウィンから有名なエアーズロックのあるアリススプリングスまで約1500km。
日本でいえば本州縦断するくらいの距離です。
バスツアーのいいところは、宿や食事の心配をしなくていい、
そしてガイドがいてくれるところです。
中にはグレイハウンドのようなバスでラウンドしながら、
宿や食事はその都度自分で予約、調達するという方法もあります。
このようなバックパッカーの場合は比較的短期間の滞在で移動を繰り返すので
生鮮食品を持ち歩くのが困難で毎回パスタやパン、
もしくはレストランといったケースが多いと思います。
そしてガイドさんがいないとその土地のことをよく知ることができません。
特にその土地の歴史や文化などを知る、とてもいい機会にあると思います。
今回はバスツアーなのでその心配はありません!
水分などは随時調達する必要がありますが、その他は洋服と日用品があればOK。
気が付いたら25kgもの重さになっていたバックパックを背負いダーウィンに到着しました。
ちなみにバックパックは軽いほうが絶対いいですよ。断捨離の精神で荷造りを。
ダーウィン、原住民の町
安くツアーを手配していたので、ダーウィンに着いたのはなんと夜中の1時。
こんな時間まで飛行機運転してくれた機長さん、アテンドの皆さんもお疲れ様です。
確か何かのトラブルで、メルボルンの出発が遅れたんだと思います。
ちょうどクリケット(オーストラリアでは大人気スポーツ)のワールドカップがあって
オージーたちはディレイも気にせず空港のテレビで応援していました。
オージーのこういうところ、とても好きです。
まず、ダーウィンの町について説明したいのですがここは大都会ではありませんが
それなりに人が集まる都市です。空港があるくらいですからね。
そしてダーウィンに住む多くはアボリジニなどの原住民です。
アボリジニの歴史は各自ご確認いただくとして、やはり独特の緊張感がありました。
見た目も、話す言葉も、それまでわたしがオーストラリアで経験してきたものや
こととは違いました。しかも夜中。真っ暗。緊張します。
幸い空港から宿泊宿までのバスを予約してあったので、
宿の前までは連れて行ってもらったのですが、夜中なので完全閉店状態。
ちなみに宿泊先はいわゆるバックパッカーです。
玄関に貼られた「御用の時はこちらに電話」の貼紙に従い電話をすると、
宿の中から眠い目をこすったスタッフが出てきてくれました。(一安心)
チェックインをし、2段ベッドが3つ並んだ部屋に入ると3人ほど先客がいました。
先客を起こさないように、静かにシャワーを浴び(たつもり)3時に就寝。
ついにバスツアーに合流!
翌朝7時に起床。眠い。。9時頃にはツアー集合場所に行く必要があったので手早く身支度を。
バックパッカー宿の場合、朝食は含まれている場合が多いです。
パンやシリアル、果物とコーヒーといった軽食程度ですが、バックパッカーをしていると
とにかく食材を持ち歩くのが難しいので、こういうサービスはとても助かります。
集合場所に行くと、そこはすでに多くの若者であふれていました。
驚いたことに日本人が一人もいなかったのです。
その後のツアーでも日本人は一人しか会いませんでした。日本人にはアウトバック
バスツアーはあまり人気がないのかも?しれません。
ほとんどがヨーロッパからの旅行者でした。
グループで来ている人も多いため、わたしはアメリカ人の男の子の隣に座ることに。
遠足で使う大型バスは、運転手さんとガイドさん、そして20人くらいの参加者で
パンパンです。
わたしの場合は約1週間かけてアリススプリングスまで下っていくのですが、
これはいくつかのツアーの組み合わせで構成されています。
まずはダーウィン周辺の観光スポットを2泊ほどで回るツアーです。
賑やかなバスは世界中の若者をのせ、ついに出発です!