はじめてのワーホリはオーストラリアでした。
オーストラリアの東側、ブリスベンから北にバスで1時間半ほど行った
ヌーサという町からワーホリ生活はスタートしました。
最初の2か月は語学学校に通い、その後お仕事を探すというワーホリ王道プランです。
ヌーサは周囲を豊かな自然に囲まれたビーチリゾートとして有名です。
観光客は多いですが、都市部と違い基本的に田舎は求人が少ないうえ現地の人をまず採用するので
働き口を探すのに苦労しました。ちなみに当時の英語力は中の上くらい簡単な会話は可能レベルです。
最終的には現地の企業(?)で現地の人とお仕事をすることができました。
(2007年の話なので今とは状況が違う点もあると思いますが、何かのお役に立てれば幸いです。)
頑なに日本語をしゃべらなかった結果起きた災難
とにかく英語をマスターする!日本語は話さない!!と心に決め2か月間語学学校に通った結果、
わたしには挨拶を交わす程度の日本人の友だちしかおらず、
ネットワークやコネクションが重要な部屋探しと仕事探しで大きくつまずきました。
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唯一ラッキーだったのは、お部屋を借りていたオーナーがとても親切だったこと。
彼女はとてもお喋りでポジティブな女性だったので、わたしが仕事を探していると知ると
あそこのホテルに知り合いがあるから聞いてみよう!とか、あのレストランなら働けそうじゃない?
と色々提案をしてくれました。
一方わたしはといえば、ガツガツ仕事を探している自分かっこ悪いとでも思っていたのでしょうか。
資金が減っていくことをわかりながらも、どこかのんびりとスローライフを満喫していました。
当時の私にひとこと言いたい。
「受かるも受からないもレジメを配らないと始まらないよ!町中にレジメ配ってきて!!」
学校も行かない仕事も行かない。
日が昇ったら起きてオーナーの犬を連れてビーチに散歩に行き、陽が沈んだら寝る。
そんな贅沢な生活を1か月ほど過ごし(それはそれで本当に幸せな1か月間でした。この時間を過ごしたからこそ、人生の豊かさとは?みたいなことも沢山考えることができたような気がします)とうとうこれはヤバイぞ、ということで仕事探しを始めました。
とは言え、わたしには仕事を紹介してくれる友だちが居ません。自力で探すしかないのです。
レジュメを配りまくった結果、リゾートホテルのクリーナーの仕事が決まりました。
内容はルームクリーン。ベッドメイクや水回りの掃除など、
内容的には難しいことはないのですが1週間ほどでお呼びがかからなくなりました。
多分ペアになった現地の女性と合わなかったのだと思いますが、真相は不明。
そして振出しに戻ったわたしは、フリーペーパーの求人欄をチェックするようになります。
多くは現地企業のネイティブを対象とした求人ですが、その中にわたしにもできそうなクリーナーの仕事を見つけました。
偶然見つけた仕事と人との出会い
早速求人主にメールをすると具体的かつ前向きな返答があり、とんとん拍子に仕事がきまりました。
その人は個人で企業のオフィスや学校、区役所などのお掃除を請け負っていました。
その中でメインの仕事が閉店後のクラブの清掃作業です。
海外のクラブは大体2時くらいにはクローズします。オールナイト営業はほとんどありません。
お掃除はクローズした後から始まります。つまり夜中3時から朝7時くらいまでが勤務時間というわけです。
当時はまだ若かったの何とかなりましたが、それでも昼夜逆転でちょっと変な生活でした。
お掃除は4人で大まかに持ち場を決めて各々黙々と作業するので、仕事中の会話は少なかったのですが
休憩時間に集まってビスケットをつまみながら他愛もない話したり、なによりみんな本当に良い人でした。
当時のわたしは簡単な会話ができる程度で難しい英語はよくわからなかったし、
まだまだアジア人・日本人、英語がうまくしゃべれないという理由で差別的な待遇を受けることも多かった時代ではないかと思います。
それでも彼らは簡単な言葉を選んでくれたり、英語が堪能でないことをバカにすることは一切なくて
とても親切に接してくれました。
(今だからこそ最初のリゾートホテルのクリーナーの仕事でペアになった女性はそういうことだったのかもな、と思います。)
優しい仕事仲間が教えてくれたこと
この仕事の経験、人との出会いは英語に対する考え方を変える大きな転機になったと思います。
なぜなら、それまでの英語に対する考え方は
「間違えたら恥ずかしいから、完璧に言えることだけ言おう」「わからなかったら笑ってごまかそう」とにかく、ネイティブみたいに話せないとかっこ悪いという思いが強すぎました。
でも、彼らはわたしの英語が完璧ではないことに関して何も思っておらず「母国じゃない言語を話したり、勉強しているだけですごいことだよ」「間違えたってなにも問題ないよ」ということを態度で示してくれました。わたしはその気持ちが本当に嬉しかったし、その後の英語との付き合い方が180度変わりました。
流暢に完璧に英語を話せたらそれは最高です!でも完璧でなくてもコミュニケーションが取れる経験を通じて「わたしは様々な国の人とコミュニケーションをとる手段として英語を利用したいんだ。それは完璧な英語じゃなくても通じるんだ」ということに気が付いたのです。
おまけ:夜中のお仕事で大変なこともありましたが、現地企業で働いていたので日本食レストランなど留学生向けのお仕事と比較するとお給料はとっても良かったです。